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ゆるく [本]

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ゆるいなぁ。
こんなにゆるくていいのかなぁ
と心配になるほど
独身40代を
ゆるく生きている主人公たち。
もちろん悩みも葛藤も抱えて
いるのだけれど、
絵自体がゆるいせいか
悩みさえも哲学的に見えてくる。

しかし
エピソードにあるあるがあって
ちょい面白かった。
仕事帰りのスタバやタリーズ
なんかのカフェ
おひとり様が多すぎて
しーん。
そこに女子グループなんかが混ざると
完全にそっちがアウェーな感じ。
会話筒抜け。
そこでの聞き耳が面白かったりもする。

私もこんな風にして
なににも思い煩わされず、
地味に面白いことを探していたいと
思うのだけれども。
まだまだ修行がたりんなぁ。










老いとは [本]

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「私の容れもの」 角田光代/著

昨今、
老いブームが身近にも来ている。
実際、年齢とともに
体も老いていってるわけなんだけど、
健康診断の検査結果が、
老眼が、白髪が、
ぎっくり腰が。手の甲のしみが。しわが。
同年齢と話すときには
確実に老いがテーマとなっている。
そして不思議に思うのだけれども、
その手の話をするときは
もちろん悲壮感も多少ありつつ、
どこか嬉々として話している自分たち
がいることにも気づく。
はて、
これは、いわゆる老人たちが集まって
持病の話を誇らしげにするのと
同じ立ち位置にきているということ
なんでしょうか。

この本のテーマをおもーく表現するならば
”老いとともに生きる
なのだけれども、
もちろん角田さんも私と同じスタンスなので
人間ドックに嬉々としてゆき、
検査結果が正常ならば多少残念(!)がり
味覚の変わりように新鮮な驚きを見せ
老眼が忍び寄れば
喜び勇んでメガネを買いに走る。
(もともと目の良い人にありがち)
体の変化をポジティブに受け入れる、
とかって、老いを肯定しているのとも違う。
ただただ新鮮なのだ。
若いころと確実に変わっていく己の体が。

私たちは老いる。
10代のあのころ、
まさか自分が老眼にさしかかって
資料を離し、
目を細めて読むようになるとは
想像すらしてなかっただろうなぁ・・・・
しかし
それもこれも頑張って生きてきた証。
みんなきっと、
そんな自分が愛おしくすらあるのだろう。

余談ですが、
昨年受けたバリウム検査の感想が
角田さんと同じだった。
というより、みんなの疑問か。
この現代において
なぜあんなにアナログなのか?
なぜ進化しないのか?
殺す気か。←私個人の意見です。
謎。












愛おしい [本]

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「拳の先」 角田光代/著

著者が直木賞をとった直後に
綴ったことばがエッセイにあって、
なんども反芻してしまうくらい好きです。

「今回もらった賞は、なんだか
私にはぶかぶかの衣装みたいな気が
している--------
衣装に見合うほど私はこれから
成長しなければいけない。
袖から腕を出し、襟元から首を出し、
袖から足をだし、
ああ服を着ていたのはあなただったのかと
気がついてもらわなくてはいけない」

かようなくだりを読んで
私は本当に驚きました。
その前も、その先も、
賞という賞を総なめにする著者の
なんとも謙虚で素直な言葉。
なんの根拠もなく自信家な人々が
はびこる世の中で、
このように自身を冷静に見つめることが
出来るものなのか。

彼女の描く、
嫌悪感の塊のような人々や物語、
とは全くことなるのが
この「拳」シリーズ。
前作で、
興奮するとおねえ言葉になってしまう
編集者の主人公が、
ボクシング雑誌の部署に配属されたゆえ
その世界にのめり込むさまが
描かれていましたが、
今回は、
念願の文芸誌に異動になった後も
なんとはなしに、以前自分も通うはめに
なったジムと、そこに集う人々との交流が
前回同様描かれます。
新に場をおびやかす登場人物はいるとしても
物語の根底にながれるのはあたたかさ。
主人公の日差しのようなあたたかさ。
光代ファンとしてはその“あたたかさ”が
不気味ですらありました。

帯のコメントにあるような
ボクシング小説的“最後のたたかい!”
みたいな鋭く起伏のある物語性は皆無。
地味に、
子供のいびつないじめや
人の裏側にある悪意みたいなものも
あぶりだします。
そのへんは光代さんの得意とするもの。
けれど他の作品のような
まとわりつくじっとりした異物感はない。
逆に、
ああ、あの世界の人々は今頃なにを
しているのだろうか・・・
と、仕事中ふと小説の世界を思い起こし
愛おしむ、おのれがこわい。











読後感 [本]

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「坂の途中の家」 角田光代/著

たまに人と話をしていて
ふと違和感を覚えたりする。
もしくは不快感。
それは会話のキャッチボール
だったり、話の着地点が
自分の思っていたものとは
違うときなんだと気づく。
私がこういえば
ああ返してくれるものと
自分のなかで至極正解なはずの
結論に至らないとき。
違和感はそんなとき。
ニュアンスなんだろうなぁ、、
自分の言葉で人が傷つくのも
または傷つけられるのも、
当事者は、そのとらえ方一つで
まったく別の感情を抱く。

裁判員制度の
補充裁判員になった主婦の里沙子。
そこで扱う案件である
乳幼児虐待死事件をきっかけに、
自らの境遇と重ねていく。
被告である女性、水穂は
なぜ我が子を殺したのか。
彼女をめぐる人々の証言を
聞けば聞くほど
水穂という人物がわからなくなる。
里沙子自身もわからなくなる。
夫、子供、親。
水穂は自分自身ではないか。
事件に関わったことで
それまで閉ざされていたことが
開いていく。

子供が可愛いなんてまやかしじゃ
なかろうか。
とまで、著者の描く子供は、家族は
リアリティをもってうっとうしい。
だからこそ、
著者の作品で、わたしはいつも
その場に佇んでいる感じをおぼえる。
銀行でお金を横領する主人公も
ママ友におびえて殺人にいたる主人公も
自分が「平凡」であることを
確かめにきた友達と相対する主人公も。
ぜんぜん境遇も立場も違うのに、
いつも私はそこにいる気がする。
産んでもいない娘に苛立っている
自分がいたりもする。
むやみに傷ついている自分がいる。
里沙子のように。
確固たるモラハラではない。
でも何気ない会話のニュアンスで
人は傷つく。
何気ないしぐさ1つで人は人を虐げられる。
夫から抱くそれらは悪意なのか。
それとも愛情なのか。
私もいつかどこかで抱いたことのある感情。

ああ、、読み切った読後感は
いつものようによろしくないのでした。






文学 [本]

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小学校の図書館の隅。
シリーズものが集められていた
本棚の一番下。
モーリス・ルブランの
「怪盗ルパン」はたしか
そこにあって、
あの、やけに仰々しい装丁と
横に並んだ分厚い背表紙が
今でも思い出されます。
メアリーポピンズも
シャーロックホームズも
よく借りていた記憶がある。
思い返せば、
手に取りやすく
読みやすく、
困ったときのシリーズもの。
とゆー勝手知ったる登場人物に
安心していたのだろうなぁ。
当時は図書の時間とゆーのが
ちゃんと設けられていて、
大抵騒々しいのだけれども
意外とみんな健やかに読書を
していた記憶がある。
だから、
ルパンもメアリーポピンズも
薄暗い図書室と同級生の声と
カビ臭さとともに覚えている。

私の
幼少期の本の記憶とゆーのは
そんなもので、
影響を受けた、
感銘を受けた1冊などない気がする。
ただ単に本を読まなかっただけだけど。
「赤毛のアン」は私には訳が
わかりにくかったし
小公女もポリアンナも若草物語も
トム・ソーヤも
本よりハウス食品(アニメ)のほうに
影響を受けたし、
有名な「モモ」は接点がなく、
大人になって再びブームがきた時は
キョンキョンのせいだと聞いて怯んだし
「ナルニア国物語」はぴんとこなかったし
「大きな森の小さな家」は
全巻集めたけれど、
退屈で面白くなかった。
「不思議の国のアリス」は、
読まずとも情報が入ってきたし、
著者のインパクトの方が強いことを
後々知ることとなる。

ま、結局のところ
どれもこれもアニメやドラマ
知らないうちに外部から
影響を受けているため
活字のイメージがない。
までも、
子供向けに、
けれども子供だましではない
感受性を身に着けるアニメや
海外ドラマを
当時はよく放送してくれたことに
感謝しています。
そしてこの歳になって
「少年少女文学」と呼ばれるらしい
ジャンルを読み返したいような。
断片的にしか
覚えていないストーリーもセリフも、
もしかしたら違う映像として
蘇ってきたりするんだろうか。



















うらやましい [本]

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「だれもが知ってる小さな国」 有川浩 /著

佐藤さとる氏の
「誰も知らない小さな国」
シリーズの続編、とも呼べない
不思議なストーリー
あの頃
小人である
コロボックルがいてくれれば・・
と願い、
私たちが夢見がちに
読みふけったこの物語が
ノンフィクションとして描かれる。
物語に登場するコロボックル達が、
コロボックルの唯一の味方になる
人間たち
せいたかさんやおちびさんが、
実は実在していたかも、なんてお話。
本から、そして現代に
飛び出てきたコロボックルたち。
そんな話が描けるなんて
うらやましすぎて泣けてくる。

50年前に出版された原作が、
私と同様
作者は本当に好きだったのだなぁ、、
と思います。
復刻本のあとがきにも
彼は登場してたし、
他の自分の作品でも、
表紙はコロボックルシリーズで
挿絵を担当する
村上勉さんだったりする。

なんでこんなにこの物語が
長く愛されるのだろうか、
と思うとき、
物語の魅力とともに
画家の村上勉さんの絵が浮かぶ。
この人の絵はいつもせつない。
せつなくて妖しい。
子供たちも、知らないうちに
そこに惹かれ、
日本のファンタジーでもある
不思議なストーリーとともに、
いつまでも記憶に残るのだろうか。










多才 [本]

ホールで購入した
ミッちゃんの最新刊
「芸と能」を読む。
ちなみに、会場では
兄弟であるイチロウさんの
句集も売っていました。
(なんでだ!)

「芸と能」は、
酒井順子さんとの
リレー形式エッセイで、
いわば往復書簡。
しかし
これはひいき目じゃなく、
面白いもんで
本家文筆業であるはずの
酒井さんより、
ミッちゃんの文章のが
さらっと頭に入ってくる。
文章を生業とする人にありがちな
余計なもんがはぶかれているから
なのか、
単にトークと同じ話し言葉だから
なのか。
もともと文才はあるのだけれども。
罪なお人。











問題作 [本]

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「働かないの」 群ようこ/著

著者の本を全部読んだ
わけではないけれども、
いつも
何ゆえこの登場人物たちは
感情をどこかに
置いてきてしまったのだろう・・・
と心配になってしまうくらい
穏やか。
意外と、社会的にも個人的にも
大きな問題があったとしても。
ザ・のほほん。
心の機微を描くこともなく
葛藤を追いこんで描くこともない。
若いときには、著者の作品は
なんかものたんない・・・
と思っていました。
それがこの人の作風なのだと
映画にもなった「かもめ食堂」
あたりでうすうす気づきはじめ、
ゆるゆるした感じと
肩ひじ張らない主人公たちが
心ならずも
現代の問題とマッチしちゃった感
があります。

主人公が、働かないの。
と下した結論の裏には
それでもなんとか生活できる
財政力(貯金)があるわけで、
決して今問題になっている
中年ニート風な社会派作品でない。
同じアパートに暮らす人たちとも
濃密なふれあいではなく
個々を尊重した集まりで、
なんらいざこざもない。
散歩をし、粗食でまかない
暇つぶしに刺繍を始め、
たまに他人とのかかわりを持つ。

ひとりの暮らし。
ざ・ひとり。
仕事も家族も持たない暮らし。
何も望まない暮らし。
夢のようだなぁ・・・
うっとりとしてしまった。
このような生活が幸せなのか?と
人は思うのだろうけれど
これこそが
究極の幸せなんじゃないか。
かなりの問題作である。
















旅本 [本]

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「いつも旅のなか」 角田光代/著

エッセイというのは
かように面白いものなのだと、
私は彼女の本に出会ったとき
初めて知りました。

最近、
旅と本を特集した雑誌を読み、
己が旅する時に持参したい本は
なんだろーか・・と
まじまじと考えた時、
角田さんの旅エッセイ本が
数冊思い浮かぶ。
この本も単なる旅行記だと思いきや
なかなかハード。
男子二人と旅したバリ旅行は
合法とはいえ“薬”をやっちゃう
のだから衝撃的。
この章は
すこし背筋が寒くなりました。
とはいえ
こんな衝撃的エピソードよりも
おそらくなんでもない事柄の方が
角田さんの本領発揮で面白い。
彼女はすごい作家なのだけど
そのうえに、
うらやましいくらいの
天性のユーモアを持ち合わせていて、
私はそこに憧れるのです。

旅にはいろんなことがつきもので
楽しいことばかりじゃなくて
思うようにいかないことが多い。
けど、多分彼女は何があっても
この才能ゆえ
面白いネタに変えることができる。
苦境も新たな発見に変えることができる。

角田さんは本当に正直で真面目。
そこがおもしろい。
(たまに大丈夫か?と思う)
素直な目線、素直な表現。
文学賞総なめ作家らしくない
特徴のない文体。
そこが逆に新鮮でもある。

スリランカの聖地、スリーパーダー
という山に登る。
その頂には何でも願いが叶うという
祈りの鐘がある。
角田さんは叫ぶ。
そうだ!祈りの鐘をならそう!
文学賞と恋人をゲットするのだ!と。
“俗の極みであるかのようなその願いが
その聖山にふさわしいか否か”
などと角田さんは悩みつつも
二兎を追うものは一兎をも得ず
とゆーではないか、
ではどっちをとるのか?
と、本当に低俗な悩みをいだきながら
聖地を目指す。

このようなくだりだけで笑えるのは、
彼女が本当に
真面目に自問自答しているのが
伝わってくるから。
ばかばかしいことを
本気で思い悩む。
これこそが角田光代の真骨頂。
何気ない目線の先にあるのは
何気ない言葉。
旅先でみつけた何気ない発見。
でも、そのなにげない
面白い、うつくしい、哀しいことどもの
それに付随する何かを、
彼女はオブラートに包まず
ちゃんと教えてくれる。















ミステリー [本]

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「このミステリーがひどい」
 小谷野敦/著

嫌味じゃなくて、
久しぶりに
独断と偏見に満ち溢れた作品に
お目にかかりました。
著者の学歴が
東京大学文学部英文科卒、
同大学院比較文学比較文化専攻
博士課程修了。
とゆー、
私には未知の世界にいる
まるで宇宙人みたいな人。
これもまた偏見なのかなぁ・・
しかしくくりがミステリー。
私も(ほんの)少々かじったと
思ったら撃沈する。
かじったところを
片っ端からけなされ
めった切りされる。
面白い。面白くない。と、
禁じ手のような言葉でしめくくる。

あまりにトリックがばかばかしい
ものを「バカミス」とゆーらしい。
確かに、
ホームズやポーを読んでいて、
トリック云々より
結局犯人が動物って・・・・
などと思ったことはある。
クリスティーのあの、
賛否両論巻き起こした「意外な犯人」
に戸惑ったこともある。

この手の評論家は
さすがにすさまじい読書量で
(本人も自負している)
でるわでるわ膨大な本のタイトル
あまりに読みすぎていて
探偵小説、推理小説、大衆小説
などなどジャンルの区分け整理も
つかないほど。
(本人はつけている)
途中でアニメすら登場する。
ただ、読み手を引き込む力は
すごいんだなぁ・・
嫌悪感を抱きつつも
怒涛のごとく繰り広げられる
一刀両断。
もはやさわやか。
ここまで言い切れるものなのか。

しかし
最終的に著者が独断で選んだ
「推理小説ベスト」
の1位が西村京太郎・・・・・
いろんな意味であざとい。







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