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見つめなおす

おさかなの美味しいお店に。
いやー
盛り合わせの刺身は
身が締まって
上品でうまかったなぁ。
とりあえず食えりゃいい、
的な己の舌も
うなっていました。
アスパラと地鶏の炒め物は
ビールに合うこゆい味つけ。
とうもろこしの天ぷらも
甘くてほくほくして
うまかったなぁ・・・
そして最後に連れのおすすめ

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刺身卵かけごはん。
意外な組み合わせである。

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このように刺身と卵を混ぜ混ぜ
したものを
アツアツのごはんへ盛る。

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ちょいと卵の分量少なめか。
なんか雑な混ぜ方に
なってしまいましたが、
このような感じになります。
この組み合わせは初なので
不思議な食感だったなー。
おもしろい。

しかしこーゆーとこって
常連のみで経営は成り立つのだなぁ。
佇まいは街中のおしゃれな
小料理屋風なのに、
なんだか近所の居酒屋とか
焼き鳥屋みたいだった。
来る人来る人入店早々にぎやかに
店主、女主人と談笑。
私たちは、
どのくらい通ったらあのよーに
フランクな関係性になれるのだろうか・・・
(お?久しぶりー元気?みたいな)

などと
欲にまみれて帰宅。
BSでターシャテューダーを
やっていました。
これは昔放送されたものに
新たな映像も加えられたんだろうか。

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豊かな人生というものを
もう一度考え直させてくれる
良質のドキュメンタリー。








旅本 [本]

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「いつも旅のなか」 角田光代/著

エッセイというのは
かように面白いものなのだと、
私は彼女の本に出会ったとき
初めて知りました。

最近、
旅と本を特集した雑誌を読み、
己が旅する時に持参したい本は
なんだろーか・・と
まじまじと考えた時、
角田さんの旅エッセイ本が
数冊思い浮かぶ。
この本も単なる旅行記だと思いきや
なかなかハード。
男子二人と旅したバリ旅行は
合法とはいえ“薬”をやっちゃう
のだから衝撃的。
この章は
すこし背筋が寒くなりました。
とはいえ
こんな衝撃的エピソードよりも
おそらくなんでもない事柄の方が
角田さんの本領発揮で面白い。
彼女はすごい作家なのだけど
そのうえに、
うらやましいくらいの
天性のユーモアを持ち合わせていて、
私はそこに憧れるのです。

旅にはいろんなことがつきもので
楽しいことばかりじゃなくて
思うようにいかないことが多い。
けど、多分彼女は何があっても
この才能ゆえ
面白いネタに変えることができる。
苦境も新たな発見に変えることができる。

角田さんは本当に正直で真面目。
そこがおもしろい。
(たまに大丈夫か?と思う)
素直な目線、素直な表現。
文学賞総なめ作家らしくない
特徴のない文体。
そこが逆に新鮮でもある。

スリランカの聖地、スリーパーダー
という山に登る。
その頂には何でも願いが叶うという
祈りの鐘がある。
角田さんは叫ぶ。
そうだ!祈りの鐘をならそう!
文学賞と恋人をゲットするのだ!と。
“俗の極みであるかのようなその願いが
その聖山にふさわしいか否か”
などと角田さんは悩みつつも
二兎を追うものは一兎をも得ず
とゆーではないか、
ではどっちをとるのか?
と、本当に低俗な悩みをいだきながら
聖地を目指す。

このようなくだりだけで笑えるのは、
彼女が本当に
真面目に自問自答しているのが
伝わってくるから。
ばかばかしいことを
本気で思い悩む。
これこそが角田光代の真骨頂。
何気ない目線の先にあるのは
何気ない言葉。
旅先でみつけた何気ない発見。
でも、そのなにげない
面白い、うつくしい、哀しいことどもの
それに付随する何かを、
彼女はオブラートに包まず
ちゃんと教えてくれる。















はやり

街中を歩いていて
ふと気づいてしまった。
なんたること!
シャツをインしている率は
もはやアウト率を超えている!
知らなかった・・・
ウエストにイン・・
私にとってそれは遥か昔の
ファッション。
なにより歳を取って
下っ腹がでてきたおばさんが
インしてなんの得があるのか。
ほぼほぼ20年はやっていない。
しかし流行には逆らえず、
アウト派の自分が
本当の意味でアウトになる日が
近いのだろうか。










おわり

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夜カフェは照明暗め。
こうやって(飲み締めで)
盆休みも終わってゆくのだなぁ。

最終日の今日は、入院している
ばーちゃんに会いに行く。
すこぶる元気そうで安心。
1人暮らしより、
看護師さんや先生なんかと
おしゃべりやスキンシップが
出来る病院も、あり、なのかな。
などと勝手なことを思ったりして。
何が良くて悪いんだろう。
病院の帰り。
久しぶりに呉の街をうろつく。
なんだかさびれてんだか
これがもともとだったんだか
よくわからない街になっている。
発展しようという意欲は
なさそうなんだけれど、
それもまた、街の人たちが
受け入れてしまっているような。
これまた、
良いんだか悪いんだかわからない。
部外者は黙っとれ、とゆー感じ。
名物、フライケーキのお店は
探し当てれませんでした。

明日から仕事かぁ・・・・
超憂鬱。













勝利 [carp]

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もはやカープのエース。
ジョンソン投手は確か20代。×→31歳
誰よりも年上に見えますが。

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キク

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マル

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そして新井さーん。
今日は猛打賞の
グランドスラムもありました。
すかっと爽快!
久しぶりにいい試合だったなぁ。

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本日は曇天で湿度低め。
いわゆる野球観戦日和でした。
タダチケをもらった席は
3塁側でホームに近く、
キャッチャーミットに
収まる球の音がばしばし響く。
風の通りも心地よく、
勝ってるわ
見晴らしよいわ
真夏にしては気候もよろしく
ビールもうまい。
願わくば
毎回こんな試合が観たい。

久々気持ちも穏やかな
野球観戦でした。
誘ってくれてありがとうです。












ミステリー [本]

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「このミステリーがひどい」
 小谷野敦/著

嫌味じゃなくて、
久しぶりに
独断と偏見に満ち溢れた作品に
お目にかかりました。
著者の学歴が
東京大学文学部英文科卒、
同大学院比較文学比較文化専攻
博士課程修了。
とゆー、
私には未知の世界にいる
まるで宇宙人みたいな人。
これもまた偏見なのかなぁ・・
しかしくくりがミステリー。
私も(ほんの)少々かじったと
思ったら撃沈する。
かじったところを
片っ端からけなされ
めった切りされる。
面白い。面白くない。と、
禁じ手のような言葉でしめくくる。

あまりにトリックがばかばかしい
ものを「バカミス」とゆーらしい。
確かに、
ホームズやポーを読んでいて、
トリック云々より
結局犯人が動物って・・・・
などと思ったことはある。
クリスティーのあの、
賛否両論巻き起こした「意外な犯人」
に戸惑ったこともある。

この手の評論家は
さすがにすさまじい読書量で
(本人も自負している)
でるわでるわ膨大な本のタイトル。
あまりに読みすぎていて
探偵小説、推理小説、大衆小説
などなどジャンルの区分け整理も
つかないほど。
(本人はつけている)
途中でアニメすら登場する。
ただ、読み手を引き込む力は
すごいんだなぁ・・
嫌悪感を抱きつつも
怒涛のごとく繰り広げられる
一刀両断。
もはやさわやか。
ここまで言い切れるものなのか。

しかし
最終的に著者が独断で選んだ
「推理小説ベスト」
の1位が西村京太郎・・・・・
いろんな意味であざとい。







カフェ [本]

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「院内カフェ」 中島たい子/著

昨年、親が総合病院に入院した際
文字通りこの院内カフェがあって、
少し驚きました。

近年、こーゆーのが増えていて
大学病院内にはスタバができたと
聞いてたし、時代だなぁ・・・と
感慨深くなりました。
昔はひっそりと、
喫茶店や食堂らしきものが
隅っこにあるだけだったのに。
しかし時代とはいえ、
なんとなく違和感を覚える。
病院とゆー
いわば生と死をも踏まえる場所。
そこに集うのは
健康な人たちではなく
どっちかとゆーと不調を訴える人々。
そこに、
そんなつもりはなくとも
なんとなく、かるーい感じの
街中の、明るい場所では燦然と映える
カフェが病院の真ん中にあるとゆーのは
やっぱりどこかそぐわない。
私の場合は、今回重症でない親の
世話だったけれども
もしこれが死と隣り合わせだったら?
カフェになんの責任もないけれど
むやみに明るさを放つその物体に
恨みまで抱きそうな気がしました。

などとゆー先入観で読み続け、
昨年のそのカフェの光景と
ダブりながらストーリーを追う。
当然ながら、通常ではない
院内、という立場からのカフェ。
通常ではないのは患者側だけでなく
接客側もなのだと、
当たり前ながら実感する。
明らかに糖尿病とわかる患者にすら
甘いカフェラテを提供するのだろう。
どんな疾患を持つ患者にでも
希望する商品を提供するのだろう。
実は悲しみに暮れている家族にも
サイズはS、M、L?と聞くのだろう。
そこには、街中のカフェ以上に
どこか感情を持つことを許されない
なかなかハードな仕事である気がする。

小説家の主人公が、
なぜか院内カフェで
若いバイト君とともに働く。
いろんな患者や関係者と触れあい
自分の問題とともに
患者側の問題をもはらんで
物語は展開されていく。
話はありきたりであっても
昨年のあの病院内で、
吹き抜けの天井から
やわらかい日の光を受けていた
カフェのイメージと物語が重なって、
リアルに読むことができました。













筋トレ

己の調子の
良し悪しのバロメーターて
人それぞれだと思うけど、
私の場合はお風呂。
夜、風呂に入る気力が
あれば、まだ大丈夫。
(湯船に浸かるのが前提)
風呂さへ入ってしまえば
明日も大丈夫。
風呂に入る前と後では
心持ちそのものも変わる。
まさにリフレッシュ。
たとえ日頃の問題が
解決してなくとも、
たとえ脳の疲労は継続中でも、
体はなんとか修復を試みようと
してくれているのがわかる。

お風呂→ストレッチ→
本を読みながら→音楽を聴きながら
うとうとと眠りにつく・・・・
気持ちも体も疲れ果てると
こんな簡単なことすらできなくなる。
人間とは複雑な生き物です。

そういえば
ピアノを弾いていても
調子の良し悪しがはっきりわかる。
テレビばかりみて
脳みそを自堕落にさせて
やたらストレスをためて、
まったく鍵盤に触ることなく
だらだら二週間過ごしたのちの
ピアノレッスンはさんざんである。
しかも今は
バッハの三声(シンフォニア)
とゆー頭を使わねばならない曲を
やっている。
例えば
この人差し指で置いたソは
ずーっとスラーのため、
鍵盤上で
素早く小指に置き換えて
余った指で中声部の音階を弾くとか、
このドを置いたまま
果てしなく遠いオクターブ上の
ラシドへ・・
いや、そもそもその音譜たちは
右手で弾くのか左手なのか?
みたいな、音階が3つに分かれて
いるためややこしい。
もはや指も脳も
アクロバティックなことに
なっている。
よって、
脳みそがちゃんとしていないと
指がまったく機能しない。
プロの人は
楽譜を見れば慣れで弾ける
のだろうけれども
素人はまず覚えられない。

しかし。
その後約30分、
部屋を借りて自主練をし、
集中して弾き続けると
妙なアドレナリンが出てきて
なんかうまくなっている。
流れるように弾ける。
右手か左手かって問題すら
介在しない。
脳と指がようやく意気投合した
瞬間なんだなぁ・・・・
そして、
まるで筋トレでも終えたかのように
レッスン室を出る私は、
心地よい汗すらかいているのでした。

やっぱあれだな。
すべては
テレビをだらだら見るなとゆー
ことだな。
指でも体でもなんでも
動かせとゆーことなんだな。









まつり

なんか家の近所が騒がしい、
と思ったら夏祭りでした。
近所の小学校が人だかりで、
ナイターの照明が煌々と
照らされていてまぶしい。
帰る道すがら、
なんかその明るさと
櫓太鼓の音に導かれて
しまいました。(蚊のようだ)

むかしむかし、
私は社宅住まいで、やたらに
同年代の子供たちが多くて、
みな早いうちからお風呂に入って
色とりどりの浴衣を着て、
まだ日の落ち切っていない夕方、
連れだって、祭りが行われる
公園へ向かいました。
あのときの高揚感。
なんか思い出すなぁ。
赤いかき氷が美味しかったなぁ・・
暗がりの幼なじみの顔が
見知らぬ他人みたいだったなあ・・
子供は大勢いたから
帰りの夜道も怖くなかった。
あのときだけは、
大人が与えてくれた
子供だけの時間だったんだなぁ。
ま、昭和だから。









記者なるもの

広島のご当地新聞
「中国新聞」の
スポーツ欄、カープコーナーの
“球炎”というコラムについて
何度か書いているような気も
するけれど、
久しぶりに新聞を読んで(!)
久しぶりにこのコラムを読んで、
なんか
スポーツ記者というのか
番記者というのか
ジャーナリストというのか、
このようなコラムを書ける人を
再びうらやましく思いました。

常々、仕事ができるのは
男性より女性だと
実感しているのだけれど
(己以外の)
こと新聞記者、
スポーツ記者となると
男性のほうが向いてるんかなぁ・・
と、唯一思う職種といっても
過言ではありません。
まぁ、東スポとか
ああゆーくだらない三流スポーツ紙
は今回置いといて。

男性特有の熱があって
なおかつ、その対象となる
アスリートへのすこぶる観察眼。
厳しい批評だけではなく
記者としてではない、
どこか情すら感じる。
本質を見抜き、
何気なく感動もさせる。
その辺がほんと、
うなるほどうまい。
女性の書く文章は、
自分の事を褒めるのは上手いけど
視野がせまく、
他人への賛美は下手、な
気がするのは気のせいか。
よって、
あまり心も動かない。

コラム“球炎”から送り出される
選手たちの知られざる苦悩。
闘っている本人ですら
気づかなかった自分、という人間。
選手たちはおそらく
このローカル新聞の記者たちを
一番恐れつつ、
そして
一番信頼しているのだろうなぁ、と
推測できます。
そしてそういう関係性は
やはり男性同士でないと
結べないような。
そこが非常にうらやましい・・・













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